祈りはるか
子どもの頃は、仏像なんかまったく興味ありませんでした。
社会科の授業でその名を見る以外は、日常的に触れる機会は皆無。仏像=暗くて辛気臭いイメージしかありませんでした。
ですから、中学生のとき、修学旅行の行き先について、奈良京都方面か九州かでアンケートが回ってきたとき、迷いなく「九州」にデカ○をつけましたし、晴れて行き先候補から奈良・京都が消えたときには、躍り上がって喜んだものです。
それが、10年後にはどっぷり仏像好きの海に浸かるようになるとは。
人間の嗜好とは、分からないものです。
初めて行ったお寺は、奈良の東大寺でした。
主人と結婚後、長期の休暇には必ず大阪へ帰省するようになってましたので、せっかくだからあの有名な奈良の大仏くらいは拝んでおこうと。京阪神でひとくくりにされるその地の利を生かして、行ったことのある観光地をひとつ増やそう程度の感覚で、電車に揺られていたのを覚えています。もちろんこのときの仏像への関心の薄さは、子どもの頃と大差ない状態でした。
大仏は、拝観するのは初めてでしたが、教科書や資料集でさんざん目にしていましたし、また自分の中にイメージとして完全な形が出来上がっていましたから、いまさら真新しい印象もなく、「ああ、ほんとにでかいな」という感想がぽろり口から漏れただけでした。
ところがその後です。雷に打たれたような衝撃を味わったのは
のちに振り返って
「あのとき、あの仏像に出会っていなければ、恐らくこんなにも仏像を好きにはならなかっただろう。」
と何度となくつぶやくことになる「あの仏像」
それこそ、東大寺に来たついでにここも「寄っとく?」と、ほんの軽い気持ちで足を踏み入れた、東大寺三月堂の本尊、不空羂索観音像(ふくうけんさくかんのんぞう) でした。
この仏像についての思い入れは、かつて仏像カテゴリの中で十分語りましたので、ここではもう繰り返しませんが、頭のてっぺんからつま先まで、一本の電流が走りぬけた感覚は、今でもアリアリと残っています。
それからです。仏像への興味が体中に満ち溢れ、とりつかれたように、さまざまな画集や入門書を紐解き、時代の変遷に伴う様式の変化だとか、仏像の種類(如来→菩薩→明王→天)や、形の意味だとか、そういった諸々の鑑賞に必要な知識を得ていきました。
そして、大阪への帰省のたびに、奈良・京都へ足を運んでは、写真で見た仏像を実際に眼におさめ、さらに感動を深くしていったのです。
これまでめぐり合ってきた仏像の数々。どれも素晴らしいものでした。お寺の名前を挙げ始めたらきりがないくらいです。
それに、二度、三度と訪れるたびに、また違う感興が呼び起こされて。常に変化し続ける存在であるともいえるでしょう。
阿修羅像なんて、なんど拝んでも、そのとき最高の感激で胸をいっぱいにすることができますから。
また、すでに朽ち割れて、名すらもはっきりしないかつての仏像。木片になっとてしまった今でも、当時の祈りのよすがになり続けたその慈しみあふれねる輪郭には、そっと手を合わせてしまいます。
宗教に疎くても、その前に立てば自然と、怒りとか苦しみとか哀しみとか、その他諸々、怨嗟の騒音がすぅっと掻き消えてゆくのを感じます。あとは静かにひた寄せてくるあたたかな思いに心をまかせるのみ。
そうすると、見えてくるもの。聞こえてくること。
生きていることへの喜び、生かされていることへの感謝
ありがとう ありがとう ありがとう
いつも見守ってくれてありがとう…
今年は、近畿三十三ヶ寺のご本尊がいっせいにご開帳になる年だとか。
長いときを経て、時代を見守り続けたこれらの仏像。頭を垂れ、そっとまなざしを伏せて、荘厳と静寂に満ちたひとときを過ごす。そんなゆとりを日々の中にもてれば、もっと豊かな心持で未来に向き合える、そんな気がします。
法隆寺の写真を見て、つらつらと思い浮かんだ仏像にまつわるお話でした。
【PM6:15】
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